7.Engstrom
ELVIRA
1.特徴(図III-7-1)
 1980年代、Engstrom社の主力モデルはEricaはであったが、90年代のモデルが、制御回路を改良したElviraである。しかし吸気ガス発生機構や呼気のボリューム測定機構は、伝統のメカニカル構造を固持している。呼気ガスをバッグに集める呼気ボリューム測定機構 (Volume measurement system) も残されており頑固ささえ感じる。間接代謝量測定機能は本体内に組み込まれた。ツマミの配置、構造、デザイン、ディスプレイ、等の設計は、人間工学的に配慮されていて、いかにもスウェーデン製らしさが漂う。最近Engstrom社はDatex社に吸収された。
2.性能
1)利用できるモード
 CMV(=Control)    
 CMV+SIGH
 Triggered CMV(=ASSIST/CONTROL)
 SIMV+INSP.ASSIST          
 EMMV+INSP.ASSIST       
 SPONT(INSP.ASSIST)
---------------------------------
 +PEEP
2)基本データー
システム作動間隔時間... ?ms
最大吸気ガス流量
  強制換気............120LPM
  INSP.ASSIST.........120LPM
吸気ガススルーレート...約20L/s
最大強制換気数......... 60BPM
最大SIMV回数........... 60BPM
 
3.制御回路、制御機構
1)制御機構の概説(図III-7-2a,b)
 Elviraの制御機構は、複数の独立した制御ボードで成り立つ。吸気ガス流量制御や呼気弁制御はアナログ回路で制御される(Ventilator board A)。タイミング制御はハードウェアー論理回路で行われる(Ventilator board B)。他には、センサー情報やつまみの設定、等のアナログ信号とデジタル信号との間の橋渡しをするインターフェースボード(PT,OA,MVP,MVI,EO,etc)、グラフィックボード(MG )、データ出力ボード(EO)、電源ボード(PS,PSD)、等で構成される。このように、人工呼吸器としての基本的な制御機構は各々のボードが対応していて、マイクロプロセッサーによる中央集中処理によらないところに特徴がある。マイクロプロセッサーintel 80186(10MHz)は、全体の作動状況の監視、メモリー管理、データー管理、アラーム機能を担当する(General Processor board)。
 
2)機械的機構の特徴(図III-7-2c)
 Engstrom社は、従来より「良く訓練された麻酔医の手が最高の人工呼吸器」というポリシーを固持するメーカーであり、麻酔器を操る麻酔医という構図を機械化した人工呼吸器を開発してきた。麻酔医の手(駆動部)が、チャンバー内のリザーバー(バッグに相当する)を間接駆動して吸気ガスを発生する。この機構のおかげで、強制換気の時間を含めて、患者は自由にリザーバーから吸気ガスを吸える特徴が生まれている。
3)ガス流量計測
a)吸気側(図III-7-3)
 吸気流量は、通路の一部を狭くしたチューブ"venturi tube"での圧格差を測定して計測する。ガスの粘度は酸素濃度によって変化するので、FiOに応じて誤差が補正される。
b)呼気側(図III-7-4)
 呼気流量は測定できない。呼気量は独特の呼気量測定系"Exhaled volume mesurement system"で計測する。呼気ガスはいったん測定チャンバー"volume mesurement chamber"の中のバッグ"volume mesurement bag"に集められる。吸気相の間に測定チャンバーに2リットル/秒の流量でガスを入れてバッグを空にする。バッグが空になるまでの時間を測定することによって、1回の呼気量を測定する。極端な換気設定では、吸気時間内にバッグを空にできない。この際は、呼気量測定機能を停止できる。なお、バッグ内の呼気ガスは均等に撹拌されているので、間接代謝量測定用のサンプルとして最適である。
4)吸気バルブ
 通常の人工呼吸器で言うところの吸気バルブは存在しない。これに相当するのがチャンバー駆動弁Nで、これは"Electro-Dynamic valve"と呼ばれるサーボバルブである(図III-7-5)。チャンバーエアー供給弁はイジェクターにガスを送り、リザーバーを間接駆動する。リザーバー内のガスは押し出されて吸気ガスになる。リザーバー内のガスは、強制換気時間内でも、時間外でも患者は自由に吸う事ができる。この機構は原理上、圧発生器"pressure generator"に近い作動をする。しかしこの方式には、間接駆動の為に設定圧になるまでの吸気の立ち上がり時間が長い、ガスの消費量が多い、といった欠点も生じる。また、呼気弁の制御まで本来は吸気ガスの制御弁であるチャンバー駆動弁"Chamber air supply valve"で同時に行う為、呼気相初期の呼気弁駆動ガスの抜けが悪い。こういった現象は、例えばInspiration Assistenceの吸気波形、呼気波形に現れている。即ち通常のPSVでは吸気圧は即座に設定圧に達するが、Inspiration Assistenceではなだらかに吸気圧が上昇する。呼気相でも、すぐにはPEEP圧にならず、緩やかに低下する。これらの圧の変化と一致して、流量カーブも穏やかな変化を示す。
5)呼気バルブ
 呼気弁はバルーン弁である。呼気弁専用の制御機構はなく、吸気ガス圧は呼気弁にも添加されて呼気弁をも調整する。つまりPEEP自体も吸気ガス制御機構により調整される。
4.ニューマティック回路(図III-7-6)
 O/Air入力(1)(2)より入力されたガスは、それぞれのレギュレーター"Pressure regulator"(10)(11)で減圧される。次にメカニカル方式の混合器"blender"(13)で酸素濃度を調整する。混合ガス(Mixed gas)はいったんリザーバー"reservoir"(23)に蓄えられる。このリザーバーは膜"flexible membrane"によって上下ふたつのチャンバー"chamber"に分けられている。混合ガスは下側のチャンバーに入る。駆動ガス(25)が上側のチャンバーを膨張させて、間接的に吸気ガスが駆出される。駆動用ガスは比例制御型のチャンバー駆動弁"Chamber air supply valve"(15)によって制御されている。図にはないが、リザーバー充填弁"reservoir filler valve"が適切にチャンバーを充填するように上下のチャンバーの圧を計測する比較器"comparator"がある。EIPから呼気相にかけてリザーバー充填弁"reservoir filler valve"が作動する。この供給能力は 0.5リットル/秒である。リザーバーは約 1.5 リットルある。過充填時にはオーバーフローバルブ(24)が余剰ガスを放出する。もし患者が過換気してリザーバー内のガスを消費すれば、リザーバー充填弁の供給能力(0.5 リットル/秒)にまで、吸気ガス流量の供給能力が落ちる。それでも不足の際には、過要求弁"exess demand valve"より大気ガスを吸える。イジェクターはチャンバーにタイトに接続されているのではなく、ジェットベンチュリー"jet venturi"効果で周囲の空気を吸い込むんで駆動ガスの消費を低減している。イジェクター部より、上側のチャンバー内のガスは自由に出入りできるようになっている。混合ガスで下側のチャンバーを適切に充填するようにリザーバー充填弁"reservoir filler valve"(19)が作動する。吸気ガスは吸気フロートランスデューサー(27)(G3)の流量情報を基にサーボ制御される。
 呼気弁は従来のバルーン弁"baloon valve"で構成されている。吸気ガス圧の一部は呼気弁(37)を駆動するガスになる。PEEPが 0 の場合はチャンバー駆動弁"Chamber air supply valve"は閉じて、吸気圧も 0 になる。同時に呼気弁を膨らませていた圧も 0 になり呼気弁が開く。 PEEPを適用する際はチャンバー駆動弁"Chamber sir supply valve"がPEEP圧になるように調整されて、呼気弁バルーンにもPEEP圧がかかる。呼気弁は換気量測定ユニット"volume mesurement unit"と一体構成されているので、構成部品が多い。吸気のプラトー形成用にプラトー弁"Plateu solenoid valve"(MV-4)がある。余剰圧逃がし弁"Over pressure safety valve"(MV-5)は異常高圧時の安全弁である。呼気弁をでた呼気ガスは換気量測定機構"Volume mesurement system"(40)〜(43)(G1)で呼気の換気量が計測される。各種のゼロ点校正弁"Insufflation sensor zeroing solenoid valve(MV-1),Flow sensor zeroing solenoid valve(MV-2),Airway pressure sensor zeroing solenoid valve(MV-3)"はそれぞれ、吸気フロートランスデューサー、吸気側圧トランスデューサー(=machine pressure transducer)、近位圧トランスデューサーのゼロ点校正用の電磁弁である。(44)の酸素センサーは吸気の酸素濃度を測定している。Oセンサー校正弁"O sensor solenoid valve"(MV-3A)で校正用のガスを供給している。(48)はGEM用の酸素センサーで外部サンプリング弁"External sampling solenoid valve"(MV-1A)で吸気と呼気のサンプリングガスを切り替える。サンプリングポンプ弁"Sampling pump solenoid valve"(MV-2A)は校正用のガスを供給している。
5.制御ソフト
1)トリガー方式
 吸気流量が既定値を超えると吸気開始と認識するフロートリガーが採用されている。トリガーレベルは0.2〜0.04L/s(=12〜2.4LPM)に調整できる。オプションの近位圧測定ユニットを装着した場合は、圧トリガー(-3cmHOに固定)方式になる。
2)CMV,TRIGGERD CMV
 設定流量以上のディマンドがあればリザーバーより供給される。安全のために呼気相の開始より0.3s以内はトリガーしない。 
3)SIMV
 トリガーウィンドーは固定時間方式であり、SIMVサイクルの終末25%である。トリガーウィンドーの途中でトリガーを検出すると以降のトリガーウィンドーは消滅する。したがって、もしトリガーウィンドーの初期部分でトリガーを検出すれば最大33%まで、設定回数を上回る可能性がある。呼気相の開始より0.3s以内はトリガーしない。
4)EMMV(図III-7-7)
 Engstrom方式のEMMVは古典的なMMVをそのままコンピュータープログラム上に再現したものである。吸気分時換気量が設定値より下がると強制換気(CMV)が入る。これは自発呼吸に同期しない。安全のために自発換気の間、もしくはその直後0.3秒は強制換気が行われない。吸気分時換気量が達成されていても、無呼吸が発生すれば3〜10秒で強制換気が行われる時間制限機能"time limit function"もある。これはEMMV作動中の分時換気量の変動を少なくする働きがある。制限機能で許容される無呼吸時間は、1回換気量と分時換気量で変わるが、詳細は公表されていない。FLOW RATEの設定を誤って著しく低く設定してしまうと必要な強制換気量が送れないが、その際はI:E比が1:1、10BPMになるようにFLOW RATEが強制設定される。これをバックアップ機能"back up function"と呼んでいる。なお、いかなる場合でもINS.ASSISTを併用するのが好ましい。精度上、EMMVは分時換気量2.5LPM以下の患者は適応にならない。
5)INSPIRATION ASSISTANCE(図III-7-8)
 Engstrom社ではPSVの代わりにInspiration Assistanceという機能を用意している。これはPSVの目的と同じで、自発呼吸を補助する換気モードである。1回換気量や吸気時間、呼気時間が患者の自由になる。Engstrom独特の吸気ガス発生機構により、PSVに比べて吸気ガス流量の立ち上がりが緩やかである。また、PSVでは吸気相の終了は、ピーク流量の20〜30%でなされるが、Inspiration Assistenceでは、フロートリガー値(=吸気のトリガーレベルと同じ)以下になった場合に吸気が終了する。 したがって、PSVと比べると吸気相は長く続く。機能的に分類すると、これは圧サイクル換気に近似している。Inspiration Assistenceの吸気が、7秒以上続けばLOW RATE(無呼吸)アラームが警告する。
6)バックアップ機能
 無呼吸バックアップ機能はないが、分時換気量バックアップとしてEMMVが用意されている。
7)GEM(ガス・エネルギー代謝測定)
 純正の呼気二酸化炭素濃度測定器"ELSA COanalyzer"をつけると、正確に代謝量や呼吸商、等が計測できる。これは下記の式に基づく。
RQ=VCO/VO
EQ(Kcal/litter)=1.23RQ*3.81
EE=EO*VCO
 "CO analyzer"がないときは、裏のパネル面に呼吸商の仮想値を入力するスイッチがあり、これでおよその値を計算できる。
8)Sigh のかけ方
 CMV+SIGH選択時に、100呼吸につき一回、設定値の2倍換気量でSIGHが入る。
9)アナログ出力
  FLOW、VOLUME、PRESSUREのパラメーターを出力できる。
10)デジタル出力
 RS 232Cを使って、換気データ、アラーム、代謝量の情報が定時的に出力できる。
11)ガス消費量
 吸気ガスはチャンバーを圧縮空気で間接駆動する構造なので、分時換気量とほぼ同量の駆動用のエアーが必要である。さらに呼気量測定もバッグをエアーで空にするので、患者に供給するO,Airと合わせて分時換気量の約3倍弱の量の何らかの駆動用ガスが必要である。駆動用のガスはOとAirの切り替えが可能であるが、中央配管の供給能力に配慮が必要である。
6.操作体系(図III-7-9a)
 すべてアナログのつまみを回して必要な設定を行う。操作項目とアラーム項目がパネル上で分かれてデザインされている。
7.モニター、アラーム機能
 以下の項目がある。同軸上に並んだつまみで視覚的に上限と下限が設定できる。
1)患者状態
 分時換気量上限;OFF,0〜30 LPM
 分時換気量下限;OFF,0〜30 LPM
 気道内圧上限;0〜120 cmHO
 気道内圧下限;0〜120 cmHO
 自発呼吸数上限;20〜60 BPM
 低換気数(LOW RATE alarm);無呼吸が17〜32秒続いたとき。(60/RRx2+15 秒が自動設定される)
2)その他
  O,Air 供給、電源、酸素濃度
8.ディスプレー機能(図III-7-9b)
 ERICAよりディスプレー機能は強化されている。気道内圧、換気量、吸気流量の何れか1つのグラフを液晶パネルで表示できる。呼気のフローカーブは描けない。また、各種のトレンド表示や代謝量、の表示もできる。
9.患者回路構成、加湿器(図III-7-11)
 もちろん従来の加温加湿器も選択できるが、通常の患者では、Gambro-Engstrom社製の HME(heat & moist exchanger)"Edith flex"を推奨している。この利点は、呼吸回路をシンプルに構成できる、加湿器にまつわるトラブルを避けれる、回路内の結露が皆無になる、ことである。従来、HMEは長期管理用には不向きと考えられていたが、これは吸気呼気抵抗、死腔、コスト、粘調な痰で閉塞する可能性、加温加湿が不充分、等の問題の為であった。これらの点に関して自信があるのであろう。
10.日常のメンテナンス
1)呼気弁
 呼気弁ユニット、バックプレッシャーバルブ、換気量測定バッグは分解の上、洗浄、乾燥、滅菌する。薬液消毒、EOG 滅菌もしくはオートクレイブが可能である。手順はマニュアルを参照。
2)呼気換気量測定系
 定期的に校正が必要である。
3)Oセンサー
 ガルバニック電池"galbanic cell"型なので、定期的に交換が必要。
11.定期点検
1)1,500時間もしくは6ヶ月毎
 呼気弁、ボリューム測定バッグ、Oリング、パッキング類を交換する。
2)3,000時間もしくは1年毎
 技術サービスによる点検、較正、補修部品の交換をする。
12.欠点
1)ガス消費量が多い
 
ERICA(図III-7-11)
1.特徴
 Ericaは1980年に発表されたモデルで、Elviraのベースとなった機種である。これはEngstrom 2000の発展モデルでもある。EricaはElviraと殆ど同じく、マイクロプロセッサー制御とメカニカルな機構が同居した異色の機器である。独創的な呼気ボリューム測定系の存在によってメタボリックコンピューターを接続できるのも特色の一つである。ElviraとEricaの違いは、液晶ディスプレーによる表示機能が強化された点、機器の設定方式が一部変わった点、GEM(gas exchange & metabolic monitoring)機能も標準で搭載された点にある。しかしながら、両者の構造、性能に根本的な差異がない。
2.ニューマティック回路(図III-7-137−9)
 この図ではガスの流れが模式的に表現されている。基本的な部分ではElviraと殆ど変わらない。Elviraのニューマティック回路(図III-7-6)の説明を参照
 
 
図III-7-1    ELVIRAの外観
図III-7-2a    制御システム(a)のブロックダイアグラム
Bennett社やBird社、等のアメリカ製の機器ではCPUは全体の動きを中央集中処理で行い、ソフトウェアーに従い制御する。ELVIRAでは信号の流れや処理は独立した制御ボードで構成されるハードウェアーで決定される。その為、図のように信号の流れは複雑である。CPUは限定された機能を担っているだけなので、新しいモードを導入する場合は制御ボードごと交換する必要がある。
図III-7-2b    制御システム(b)のブロックダイアグラム
図III-7-2c    吸気ガスの発生機構
吸気ガスはチャンバーの下側に蓄えられている。上側より駆動ガスが入り、吸気ガスを駆出する。麻酔器のバッグを手で揉むのと同じ原理である。
図III-7-3    Venturi Tube効果
Bでは口径が細くなるのでガス流速は増加する。その分だけ、Bの圧は低下する。AとBの圧勾配はガス流量に比例する。
図III-7-4    呼気ボリューム測定原理
バッグに貯められた呼気ガスは、一定流量のガスで駆出される。バッグが空になるまでの時間を計測すれば、呼気ガス量を測定できる。
図III-7-5    吸気ガス駆動部
吸気ガス制御の心臓部であるチャンバー駆動部は、実際には図III-7-5に示した構造になっている。レギュレーター14で安定化されたガスはチャンバー駆動弁15で駆動ガス量を調節され、リザーバー23(図III-7-2cの下側チャンバーに相当する)内のガスを膜を介して駆出する。
図III-7-6    ELVIRAのニューマティック回路
図III-7-7    EMMVの作動
吸気分時換気量のカーブが基準線の右側に入ると強制換気CMVが与えられる。これは自発呼吸の開始には同期しない。
図III-7-8    Inspiration Assistance
図III-7-9a    ELVIRAの操作パネル
図III-7-9b    ELVIRAのディスプレー画面例
図III-7-10    ELVIRAの患者回路
図III-7-11    ERICAの外観
図III-7-12    ERICAのニューマティック回路