35.Respironics Inc.
BiPAP model S/T 30, S/T-D 30
1.特徴(図III-35-1)
 Respironics社が提唱するBiPAPとは、自発呼吸のある患者にマスク下にリークを前提としておこなう換気援助法であり、またその機器の登録商標でもある。BiPAPのBiはIPAP(Inspiratory Positive Airway Pressure)とEPAP(Expiratory Positive Airway Pressure)の2つのPAPという意味で、「吸気時の陽圧」と「呼気時の陽圧」により換気援助をする装置である。その実体は回路リークの存在を前提とした圧換気式人工呼吸器である。これは圧換気(Pressure Ventilation)が回路リークを許容し、自発呼吸との同調性に優れるという特性を生かしている。したがって、調節呼吸(controlled mechanical ventilation)を要する患者は適応外になるが、慢性呼吸不全患者の急性増悪や睡眠時無呼吸などが良い適応になる。最近はBiPAPの低侵襲性と簡便性が評価されて臨床応用が拡大されつつある。(注;Drager社のBIPAPとは用語が似ているが別の概念である。)BiPAPにはS、S/T、S/T 30、 S/T-D 30、Visionの5モデルがある。順に機能と最大流量が拡張されている。S/T 30と S/T-D 30は基本的に同性能であるが、S/T-D 30には脱着式のリモートコントロールパネル(DCP30)を装着できる。DCP30は遠隔操作や圧表示機能、インターフェース(圧、換気量、フローの信号を外部出力する)を可能にする。オプションの気道圧モニター(APM ; Airway Pressure Monitor)を装着すればアラーム機能を付加できる。
 
2.性能
 モード......... S(Sontaneous), S/T(Spontaneous/Timed), T(Timed),CPAP
 最大流量150LPM (S/Tモデルは120LPM)
 吸気圧.....4〜30pH2O
 PEEP........4〜30pH2O
 呼吸回数...4〜30BPM
 消費電力...115V AC 1.4A
 
3.機構の概略(図III-35-2)
 S/T 30, S/T-D 30は、ブロアーによる送気装置と、PVA(Pressure Valve Assemblyと呼ばれるIPAP、EPAPでガス圧を調整するバルブ系)、 AFM(フローセンサー)、緻密に構成されたアナログコンピューターによる制御系により構成される。アナログコンピューターの設計や製造には高度の技術を要するが、デジタル回路を凌駕する可能性がある。しかし、その詳細はブラックボックスである。
 S/T 30, S/T-D 30の独創性は、@マスク下に、Aリークを前提とした、B呼気弁を用いない、C一部は再呼吸式の、D圧換気による、呼吸補助装置である点にある。マスクにはウィスパースィベルと呼ばれるガスリーク機構がある。一般的な人工呼吸器では、吸気ガス回路と呼気ガス回路は分離されていて混合しない。患者回路におけるリークの存在はむしろ望ましくない状態である。一方、BiPAPではウィスパースィベルによる意図的なリーク量とマスクのフィット不良による意図しないリーク量により、患者回路内のガスを入れ替える。つまり再呼吸型の回路による換気法で、患者回路の1本のチューブ内には部分的にせよ吸気ガスと呼気ガスが往復運動している(最悪の条件で呼気ガスがチューブ内を15pほど逆流する程度で、ほとんどのガスはフレッシュガスに置き換わっている)。リークによる患者回路ガスの損失量がフレッシュガスになるという、リークの存在を前提にした「逆転の発想」による換気法である。当然、吸気ガスもある程度リークしてしまうが、そういったことを問題としない高流量の送気装置と繊細なガス制御技術により、シンプルで、しかも患者との同調性に優れた機構を提供している。しかし、CO2の再呼吸は、リーク量が少なくなる設定(つまり換気圧が少ない、一回換気量が多い、呼気時間が短い、など)では問題になる事もあるので、充分な配慮が必要である。
4.呼吸モード
 Respironics社の独自の用語としてIPAPとEPAPがある。IPAPは吸気相の圧を意味し、EPAPは呼気相の圧を意味する。IPAPの設定はPSVレベルやPCVレベルの設定に相当し、EPAPはPEEPに相当する。SモードはPSV+PEEPを意味し、IPAPでPSVレベルをEPAPでPEEPレベルを設定する。EPAPよりIPAPへのトリガーは推定リーク流量より吸気ガス流量が上回っている場合に、5〜9mlの吸気量に達した時である。IPAP時間は最低300ms継続する。IPAPよりEPAPの切り替えは吸気ガス流量が基準値以下になった時点や患者が積極的に呼気をおこなった場合、IPAP時間が3秒に達した場合におこなわれる。基準値は吸気ガス流量と時間により変化すると説明されているが、詳細は不明である。EPAPに移行した最初の300ms間はトリガー感度が意図的に低くなり、ミストリガーを防ぐ。S/TモードはSモードにTime cycle機能を付加したモードで、設定呼吸回数で規定される時間(60sec/BPM)以内にトリガーを検出すればSモードと差異はないが、しなければTime cycleでIPAPが開始する。つまりAssist/Controlモードにおける強制換気の代わりにPSVが開始されるモードである。IPAPよりEPAPへの移行はSモードと同じである。IPAP時間は最低200ms継続する。Tモードは、設定呼吸回数と%IPAP時間で、吸気時間と呼気時間が規定されるPCV類似モードであるが、PCVと違い、トリガー機構は作動しない。IPAPよりEPAPへの移行や、EPAPよりIPAPへの移行もすべてtime cycleで行われる。自発呼吸があってもIPAP・EPAPの圧を維持するようにフロー調節されるので、Tモードはむしろ原典的な意味でのBIPAPに近似である。
 
5.操作(図III-35-3)
 モード選択スイッチにはCPAPの表示はないが、CPAPモードを選択するには、IPAPもしくはEPAPを選ぶ。IPAPの位置ではIPAPの設定値でCPAPレベルが設定される。EPAPの位置ではEPAPの設定値で設定される。次にIPAPもしくはEPAPの値を設定する。SモードではIPAP、EPAPの設定だけで良い。S/Tモードではさらに呼吸回数を設定する。Tモードではさらに%IPAP時間も設定する。
6.アラーム
 S/T 30, S/T-D 30単体ではアラーム機能はなく、オプションのAirway Pressure Monitorにてアラーム機能に対応する。この場合には、気道内圧上限、気道内圧下限、(気道内圧下限アラームが作動するまでの)ディレー時間を設定できる。
7.メンテナンス
 フィルターは適宜点検し、必要なら交換する。1年ごとに定期点検を受ける。ブロアーならびにバルブアッセイは2万時間以上もつと言われているが、空気の清浄度の低いところでは寿命は短くなる。
 
 
Respironics BiPAP Vision
1.特徴(図III-35-10)
 BiPAP Visionは最上位機種として1997年に発売された。Visionの名のとおりに大画面液晶表示が特徴で、3波形(フロー、ボリューム、圧)のグラフィック表示や各種の情報、機器設定情報、を表示できる。さらに最大フローや圧も強化され、酸素濃度設定やアラーム機能も内蔵された。将来への拡張性も考慮されていて、PAV(Proportional Assist Ventilation)モードを準備中と聞く。
2.性能
 モード.............S/T, CPAP
 最大流量240 LPM
 吸気圧.....2〜40pH2O
 PEEP........2〜20pH2O
 呼吸回数...4〜80BPM
 rise time......0.05〜0.4sec
 ディスプレー.....3波形同時表示、データー表示
 
3.機構の概略
1)構成(図III-35-11)
 外気より導入した空気はブロアーにより加圧される。IPAP圧に応じてブロアーの回転数は3段階に変化する。PVAは2つバルブ群で、IPAPやEPAPにおいて不必要な圧は放出してIPAP/EPAP圧を調節する。吸気ガス流量は、フローセンサーとリーク補正機構により推定するが、呼気ガス流量は、リーク補償のため必要とするガス流量が呼気ガス流量の存在により減少することより演算する。
2)改良点
 BiPAP Visionでは以下の改良が加えられている。@ブロアーを高容量のものに変更している。AバルブアッセイもS/T 30では1個であるが、rise timeの調整のためにもう1つバルブを追加して、2連式になっている。2つのバルブは連動していない。B最大流量を高めるためにこれらのパーツは直線的に配置されている。Cグラフィックディスプレーを設けている。そのために一部にデジタル回路が導入されている。しかし基本的な部分はS/T 30, S/T-D 30と類似でアナログコンピューターで構成されている。
 
4.トリガー条件
 BiPAPのように回路リークが前提の換気法では、リーク補正がしっかりしていないとトリガーを正確に捕捉できない。さらに独特のトリガー条件を用いて誤動作を防いでいる。これらは以下のように命名されている。
1)Expiratory Flow Rate Adjustment
 EPAP時間が5秒以上になれば、患者の呼気ガスは存在しないはずである。この時点でのガス流量をEPAP時での回路リークと見なし、ベースライン(フロー)をBreath by Breathで再設定する。この方法は確実であるが、EPAP時間が5秒以上ある頻度は場合によってはあまり期待できない。そのため次の方法も併用する。
2)Tidal Volume Adjustment
 回路リークがなければ、吸気ガス量と呼気ガス量は同じはずである。つまり吸気ガス量と呼気ガス量の差は回路リークと見なせるので、両者の差がなくなるようにベースライン(フロー)を再設定する。
3)Volume Trigger
 ベースラインガス流量(前述のリーク量を補正した)を超える吸気ガスの量が6mlに達するとIPAPが始まる(S/Tモードでの自発呼吸)。
4)Shape Signal(図III-35-12)
 Shape SignalとはRespironics社独自のトリガー方式で、IPAP-EPAP、EPAP-IPAPへの移行に関与する。患者のフロー波形(実測値より推定回路リーク量を除いた推定値)を15LPMオフセットし、150mS遅延した波形をShape Signalと呼ぶ。患者のフロー波形とShape Signal波形を比較し、これらの線が交差する時点でIPAP、EPAP相を終了させる。この概念の本質は、実測した値から変化の著しい時点を検出していると考えられる。
5)Maximam IPAP Time
 自発呼吸時にはIPAPを最大3秒に制限し、これを超過するとEPAPになる。
6)Spontaneous Expiratory Threshold
 IPAP時間の経過とともに、IPAPからEPAPへの移行する流量条件(terminal flowとも呼ばれる)を経時的に上昇させる。この場合IPAP時間が長くなる程、IPAPからEPAPへの移行が起こりやすくなる。
5.操作(図III-35-13)
1)一般操作
 ディスプレーに対応したファンクションキー設けてあり、メニューに応じてキーを押して選択する。数値はつまみ入力する。
2)設定
 機器の装着に先立ち、まず、呼気ポートテストモードに入り、呼気ポートやマスクでのリーク量を測定する必要がある。次にオペレーションモードに入り呼吸モードを選択する。S/Tモードの意味は、S/T 30, S/T-D 30のそれとは若干異なる。S/Tモードは基本的にはPSV+PEEPと類似の換気モードであるが、設定した換気回数以下に自発呼吸数が減少すればtime cycleでIPAPが開始し、time cycleでIPAPが終了する。つまり換気回数の設定値によって決まる一定の時間内にトリガーがなければPCV+PEEP類似になる(BIPAP類似?)。IPAP Rise Timeを設定すると吸気圧立ち上げ時間を設定できる。さらに酸素濃度、アラーム設定を行うと設定操作は完了する。
3)呼吸回路
 鼻マスク回路(non invasive)と気管内挿管用回路(invasive)が利用できる。患者回路には必ずバクテリアフィルターを装着する。
6.アラーム
 以下のの項目がある。気道内圧上限、気道内圧下限、無呼吸、低分時換気量、呼吸回数上限、呼吸回数下限、内部バッテリー電圧低下、機器不良、圧ラインはずれ、圧制御不良、酸素供給不良。
7.メンテナンス
 背面パネルフィルター、酸素モジュールフィルターは適宜点検、交換する。1年ごとに定期点検を受ける。
 
 
 
図III-35-1          BiPAP S/D外観
図III-35-2          BiPAP S/D構造
図III-35-3          BiPAP S/D操作パネル
図III-35-10         BiPAP Vision外観
図III-35-11         BiPAP Vision構造
図III-35-12         Shape Signalの概念
図III-35-13         BiPAP Vision操作パネル