C.トリガー機構の構成
自発呼吸の開始を検出して、これと機械的換気の開始を同期させて換気の効率と患者の快適性を高める。
(1)センサーと(2)信号処理系(3)呼吸回路により構成される。
理論的には流速や流量を指標にするフロートリガーを主体にした方式がベストであるが、物理的に安定した高感度のセンサーを小型、軽量、安価に確保する命題が解決できないので、その時代の技術背景と換気モードから見て最良の方式が選択されてきた。それらを順に記載する。
1)古典時代(1940〜1950年代)
この時期の人工呼吸器は "Controller" と呼ばれ、トリガー機構を持たない。電気モーターの回転力によってカム、ギヤを介してピストンやベローを駆動する方式になっていた。吸気時間や呼気時間もこれらのメカニズムで規定する構造になっている。その上、機械自体の慣性重量が災いして、患者の吸気努力の開始に合わせて駆動する事が難しかった。(Bang,Beaver,Spiropulsator,Barnet 等)
2)圧スイッチ,ニューマティック制御方式(1950後半〜1960年代)
ガスの流れ機械的に制御した、ニューマティック回路方式では気道内圧変化を検出してガスの流れを変えるスイッチが用いられている(Bird mark 4,Bennett PR-2,MRT CV-2000,Blease Plumoflator 等のAssister)。
3)圧スイッチ,電気回路方式(1960後半〜1980年代)
気道内圧変化で電気スイッチが入いり、電気制御回路に信号を送る。Bennett MA-1,New Port E-100,CV-3000などのVolume Assisterで多用されている。
4)流量スイッチ,電気制御方式(1980年代〜)
吸気ガスの流れを物理的な現象でとらえて電気制御回路に信号を送る。Ohmeda CPU-1,Bear-2などのSIMV機で用いられた。
5)流量センサー,電気制御方式(1981〜)
流量センサーで吸気ガス量を連続的に計測していて一定値以上になれば電気制御回路に信号を送る。Engstrom Erica,Elvira(SIMV機〜PSV対応機)で用いられている。
6)圧センサー、電気回路方式(1980年〜)
圧センサーで気道内圧の変化は連続的に電気信号に変換して各種の制御回路に利用するが、限られたトリガー期間の圧変化で吸気を開始する方式。Bennett 7200,Bear-5,Bird 6400,Bird 8400,Servo-300等の、現在の代表的なPSV対応機のほとんどがこのグループに属する。
7)マルチセンサー複合処理方式(1990年代〜)
最近の人工呼吸器(PSVやその他の圧制御型換気モードを持つ機器)では、回路各部で圧や流速、流量が計測しているが、これらの情報はMPUを利用して、複合条件で判定される。また、モードによってトリガー条件を変える機械もある。Bennett 7200では通常は圧トリガー方式であるが、Flow byの時は流量トリガーが使われる。Servo-300では圧トリガーと圧/流量トリガーを選択できる。圧/流量でのトリガー条件は換気設定により変化する。Drager Evitaでは通常の換気には圧トリガーが使われるがASBやBIPAPには複合条件を使用する。0.2mbarの陰圧と40mlの吸気流量が使われる。1〜15LPM(可変)の流量条件も加味できる。しかし、複合条件は未完成で、最良の方式を模索中である。
8)未熟児、新生児でのトリガー(PTV,Patient Triggered Ventilation)(1990年代〜)
PTV機能は、Siemens Servo-300で始まったが、続々と各社の機器に装備されている。Drager BabyLog,Infrasonic Infant Star,VIP Bird,SLE-2000,BearCub IIが代表である。トリガー方式は、圧、流量、横隔膜での加速度センサーと百花繚乱の状態である。こうした微少領域でのセンシングは、センサー技術も未熟であり、また最適な方式も模索段階である。一定の方式へ収束するのに、時間が必要であろう。
1)呼吸回路の時定数
呼吸回路の回路時定数は呼吸回路のコンプライアンスとチューブ抵抗により決定される。コンプライアンスが高いと吸気努力による変化を吸収しやすい。また、時定数が増大して位相の遅れが大きくなるので、さらに検出までの遅れを増大させる。チューブ抵抗の増加は時定数に影響するだけでなく、トリガー感度に大きな影響を与える。圧トリガー方式では有利であるが、流量トリガー方式には不利である。
2)吸気努力の検出方法とその部位
(1)人工呼吸器内部での出力
ここでの圧変化検出法は加温加湿器の影響を受けるので、感度、反応時間が鈍る。流速、流量トリガー方式では一世代前の機械に繁用された。
(2)Yピース部
この部位での圧変化検出法は、呼吸回路のリーク補正機能を持たせたい場合、機構上の感度を高めたい場合、呼吸回路が閉塞するトラブルが高い小児用回路に対応する場合、に多用される。ただし、余分にProximal Airway Pressure Tubeが必要となる。同部での流量、流速変化検出法では、高い感度と迅速なレスポンスが期待できるが、センサーユニット自体を小型軽量にする制約がある上に、価格や精度管理、信頼性の維持、滅菌等の問題もある。
(3)呼気弁直前
ここでの圧変化検出法は成人用機械で一番多く用いられる。呼吸回路が簡素になる反面、呼吸回路の時定数の影響を受けることが欠点である。
(4)その他の部位
胸膜腔内圧の代用として食道内圧の変化を検出する方式、胸壁の動きを検出する方式、等が考案されているが、確実性、簡便性の点で普及していない。
3)各種定常流の存在
呼吸回路には、回路内水分の凝集や逆行性感染の防止、吸気ガスと呼気ガスの分離、トリガーまでの仕事量の軽減、センサーの精度確保、等を目的にリンスフロー、パージフロー、バイアスフロー、コンスタントフローと様々に名付けられたガスが流れている。これらの定常流は圧トリガー方式だけでなく流速、流量トリガー方式であっても感度、レスポンスに影響する。
4)トリガー機構の感度とレスポンス
一般的に人工呼吸器のレスポンスは迅速が望ましいが、レスポンスは人工呼吸器のサーボループの時定数と密接な関係がある。人工呼吸器より見れば、呼吸回路と肺は容量と固有振動を持つ負荷である。たとえ呼気相であっても、PEEPの維持やリンス流という目的で、吸気ガスが出力されている。最新の人工呼吸器ではレスポンスの改善が追求されて、結果的に時定数が小さくなっている。呼吸回路にシリコンゴムチューブを使用していると、人工呼吸器のサーボループの時定数と負荷(呼吸回路と肺)の時定数が近くなり、共鳴により回路の発振(振動)が起こるケースがある。この場合には回路振動はノイズであるので、いたづらに感度を高くすると、Auto-cycleや誤動作が起きる。対策として、呼吸回路の時定数を変える必要がある。つまり、長さや材質、径の変更を考慮する。EvitaやServo-300に使われている複合条件には、ノイズ成分よりトリガー信号を浮き上がらせる目的がある。従来はあいまいであった患者回路のノイズ対策という概念は、新しいBennett840では明確に確立されている。ノイズ成分はフィルタリングアルゴリズムにより効果的に除去されトリガー機構の誤動作を最少化する。