はじめに
本書を企画した理由は三つある。
その第一は、正確な人工呼吸器情報の公開である。陽圧式人工呼吸器が評価を得て、既に50年が経過した。この間、「死期を演出する道具」という過去のイメージは払拭され、新しい人工呼吸モードを搭載した機種が次々と市場に送り込まれた。しかし、臨床医が使用中の人工呼吸器を十分に理解しているかと言えば決してそうではない。その原因は、人工呼吸器の構造や作動がマイクロプロセッサの導入と供に複雑化し販売技術者でさえ完全には理解できていない事、販売会社が不都合な情報の提供を渋る事、人工呼吸器の開発者が構造や制御ソフトの一部を公開していない事、など様々な要因が含まれている。
第二は、僭越な言い方であるが、「ジャンクフード型文化」に対する挑戦である。フランチャイズビジネスの代表であるハンバーガー店がその典型である。従業員はほとんど素人のアルバイト職員による分業でありながら、ハンバーガーの品質と味は一定以上の水準を維持している。その仕掛は、調理過程を徹底してマニュアル化したことにあると思われる。大変に合理的で経済効率も高い経営方法と感心させられる。しかし、従業員がいくら仕事に熟練して、調理の技術を磨いても、ハンバーガー以上の物は作れない事実は、指摘されるべきである。懐石料理をものにするには、決して分業やマニュアル作業では成し得ない、幅広い知識と技術に支えられた職人芸が必要である。少なくとも、集中治療における呼吸管理を行なう医師には、ジャンクフード型ではなく懐石料理型文化を身に付けていただきたいとの想いがある。
第三は、Car Graphic や Car and Driverの様な本が存在すべきであるとの考えである。これら自動車雑誌にはユーザーの率直で自由な評価や意見、欠点の指摘が行なわれ、開発する側にも少なからず影響を与えていると思う。また理想の自動車像に対する議論の場でもある。種々のメーカーから多機種が販売されている現状では、各々の製品についての情報が、メーカー側からしか入手できない事態も起こっている。ユーザーの臨床評価が公表されるべき時期にきているのではなかろうか。
本書は、これら三つの考えに基づいて編集執筆したが、著者の意が存分に発揮できたとは言えない。それは、人工呼吸器の使用経験だけでは、やはり無責任であり評価を抑えざるを得なかったためである。しかし、人工呼吸器について自由に評価し、率直な議論をする先鞭としての役割が果たせれば著者としては幸いである。