A.トリガー機構の変遷
1.黎明期
 1940〜1950年代にかけて実用化された調節呼吸装置"Controller"は自動的に換気をする機械という意味であり、別名"Automatic ventilator"と呼ばれた。この時期にEngstrom(1954),Bang(1953),Blease(1956),Beaver(1953),Barnet(1958),Drager(1953)などのメーカーが続々と誕生した。1950年代後半には、すでに患者の吸気努力の始まりと強制換気をトリガー機構によって同期させる"Assister"が実用化され、以来、いろんなトリガー方式が提唱された。
2.ニューマティック全盛期
 ガス圧力を駆動源にするニューマティック方式はトリガー機構の反応が迅速であるため"Assister"に好まれて採用された。しかし制御機構をメカニカル回路に依存する機械、例えば、Bennett PR-2(1957〜), Bird mark 4 (1959〜)では構造上の必然性により、純粋な圧トリガーではなくむしろボリュームトリガーに近い作動様式であった。
3.電気制御の始まり
 やがてニューマティック方式の機械を電気制御するBennett MA-1(1967〜)、Engstrom 2000(1974〜)、Elema-Schonandor Servo-900(1970〜)などの機械が登場した。これらの多くは、回路内圧の変化によって電気スイッチが入る簡単で確実な圧トリガー方式が採用されていた。吸気努力によって回路内圧に変化を起こさせるには、患者回路の完全閉鎖が必要である。これはCMV(ASSIST/CONTROL)換気ではまったく問題にはならず、むしろPEEPの普及とともに有利な機構として評価された。感度を上げるために、差し支えのない程度にPEEPを併用する手法さえ勧められた。
4.SIMVの普及
 Siemens Servo-900B(1976〜)やDrager UV-1(1978〜)、MRT CV-2000(1975〜)、Bennett MA-2(1978〜)などの機器によりSIMV方式が普及するにつれて、自発呼吸用にディマンドバルブや定常流、リザーバーバッグなどの様々な機構が登場し、またこれらを組み合わせた機器が登場した。ディマンドバルブ方式は圧トリガー方式と相性は良いが、定常流方式に比べると有意に吸気仕事量が多く、重大な欠点である。他方、定常流方式は、吸気努力による回路内圧の変化を吸収し、圧トリガーの始動を妨害する欠点がある。この時代のSIMV機はほとんどが圧トリガー方式を採用していたが、吸気仕事量の軽減のための定常流機構とSIMVでのトリガー感度という「ジレンマ」に直面していた。CV-2000では姑息的にトリガーウィンドー期に定常流を止めて実質感度を確保する苦肉の策をしていた。
5.フロートリガー方式の台頭
 一方、この「ジレンマ」の根本的な解決手段として、特に定常流機構を併用した機器では流量や吸気量を指標にする"フロートリガー機構"が導入された。(厳密には流量トリガー、量トリガーと表現すべきである。) Bourns Bear-2(1985〜)ではガスの流量をサーミスタの温度変化として、BOC CPU-1(1982〜)では流体中のプラスチックボールの動きを光センサーで感知して、Engstrom Erica(1981〜)ではVenturi tubeを利用して流量を圧格差に変換して、フロートリガー信号を得ていた。理論上はフロートリガー方式は圧トリガー方式より優れる。その理由は前者ではトリガーされるまで、患者は自由にガスを吸えるため、吸気仕事量が圧トリガー方式に比べて小さいことである。しかし、当時の技術では低流量が検出できないため、圧トリガー方式に比べて時間的な遅れがあり、圧トリガー方式に対して絶対的な優位性を持つに至らなかった。しかし、PSVが普及していないのでこの点はそう問題にならなかった。この時代には「トリガーするまでの吸気仕事量が少ない定常流方式」と「最大流量の多く、しかもガス消費量や呼気抵抗の少ないディマンド方式」の利点を取り入れた折衷方式が考案された。ディマンド機構に少量のバイアスフローを流しておいて、自発呼吸の開始をフロートリガー方式で検出する機構である。この機構はCPU-1、Bear-2、Erica、などに見られる。他にはBennett 7200(1984〜)のようにCMVやSIMV, PSVなどの通常の換気には圧トリガー方式を用い、定常流方式の変法であるFlow byでは流量ートリガー方式を用いる機種も現れた。
6.PSVの普及
 Servo-900C(1980〜)、Engstrom ERICA(1981〜)、Bear-5(1986〜)、Bennett 7200(1984〜)、などでPSVが装備され、Ohmeda CPU-1(1988〜)、Bear-3(1989〜)などにもPSVが追加装備されてPSVが一般臨床医に使われだすと、微弱な吸気でも確実に、しかも時間的な遅れなしにトリガーする性能が、本格的に必要となった。従来のフロートリガー機構ではミストリガーが問題になり、半導体センサー(シリコン結晶に応力を加えるとその電気抵抗が変化する;ピエゾ抵抗効果を応用したセンサー)を用いた高感度な圧トリガー方式が再び注目された。例えばOhomeda CPU-1では機械的なセンサーを利用した流量トリガーであったが、PSVに対応するため、改良機のAdvent(1989〜)では半導体センサーによる圧トリガー方式に変更された。
7.センサー技術の進歩
 自動車業界では、オイルショック(1973)の経験から、あるいは排ガス規制に対応するため、内燃機関の燃焼効率の向上を図る研究がが積極的に行われた。このなかに、正確な空気燃料の混合比を保つための燃料制御用に、高精度の吸入ガス量測定装置の開発が含まれていた。特に最高水準の制御を行うには各シリンダーについて一吸入行程ごとの空気量が正確に測定できなければならない。初期の頃の燃料噴射装置(EGI)ではフラップ式の流量測定機構が使われていた。これはServo 900のフロートランスデューサーにあるフラッグと類似の原理で、流量に応じて変化するフラップの動きをアナログ信号で取りだした。これには定期的な再調整が要求された。EGIのより精密化とともにアナログからデジタルへと発展し、流量測定機構にも、高速応答性、物理的強度、低価格、耐久性、キャリブレーションフリー、そしてデジタル処理しやすい出力が求められた。これらの厳しい要求に応えて1980年代には、Hot wire型、Vortex型、など、各種のフロートランスデューサーが実用化された。これらの人工呼吸器への実用例は次の通りである(注;これらの技術以外にも、NASAにより開発された液体ロケットエンジンの制御バルブや、各種化学工業の制御技術、AV機器で大量生産されるメカトロニクス技術、そしてマイクロプロセッサー技術が複合して用いられている)。
1)Vortex型
 流体中に設置された障害物の後方に乱流が生じ、カルマン渦が発生するが、この渦の数は流量に比例する。この原理を応用したセンサーはVortex型と呼ばれる。三菱自動車の燃料制御システムECIや、Bear-5に応用されている。ただし、流量が少ない領域では渦を生じないので計測できない欠点がある。
2)Hot wire型
 熱せられた白金線は空気の流量に応じて冷却されて電気抵抗を変えるが、これを応用したセンサーがHot wire型である。日産自動車の燃料制御システムECCSや、Bennett 7200、Drager Evitaに応用されている。Hot film型も同じ原理である。測定可能レンジの問題で小児用と成人用を使い分ける必要がある。
3)バルブ位置による流量予想型
 本田技研の燃料制御システムPGM-FIではスロットルバルブの前後の圧較差とスロットルバルブの開度より、これに対応した流量をプログラムより読みだして流量測定しているが(注;基本特許はボッシュ社)、これと同じ原理で、Hamilton AmadeusやDrager Evitaでは吸気バルブ前後の圧格差とバルブの開度で吸気流量を計測している。この方式は精度も高く、測定可能レンジも広い。最近の人工呼吸器の吸気側流量測定はまずこの方式で行われていると言っても過言ではない。
4)超音波トランジット型
 Servo iやServo sの呼気流量測定に用いられている。流体の通路の前後2カ所に超音波の送受信器を設置してあり、2点間の超音波の伝播時間の差を計測している。流体に速度がなければ伝搬時間差はないが、流体と同方向の超音波は流速に応じて伝搬時間が短くなり、逆方向は長くなる。特徴として、広い測定レンジと高精度が期待できるが、時間差を得るには2点間の長さが必要になり、その分だけセンサーが大きくなる欠点がある。Servo iやServo sの呼気弁ユニットが大きいのは測定部の長さのせいである。
5)差圧式
 通路に障害物を設置し、その前後の2点間の圧勾配を計測して流量を測定する。VYASIS社やHamilton社など数多くの人工呼吸器の呼気測の流量計測に用いられている。特徴として、測定レンジが限られるため、抵抗値が流量によって変化する可変面積膜(variable orfice membrane)を用いることもあるが、それでも小児用と成人用を使い分ける必要がある。
8.流量計測技術が人工呼吸器の設計図を規定する
 流量計測技術が人工呼吸器の基本的な機構や仕様、機能を決定している場合がある。たとえばVortex型のフロートランスデューサーは非常に強固でそのうえ精度管理をほとんど必要としない。しかし、一定の流量以上でなければ測定できないので、Bear-5では5LPMベースフローが回路内に流されている。ところがベースフローは圧トリガーの感度を下げるので、対策上、近位圧モニターチューブ"Proximal Airway Pressure Tube"を用いた圧測定機構が必須になった。しかしながら信頼性の高いフロートランスデューサーのおかげで呼気分時換気量によるEMMV機構が可能となった。Evitaでは、吸気側はバルブ開度により流量を計測しているが、呼気側にはHot wire型のフロートランスデューサーを使用している。しかしHot wire型では較正が必要なこと、耐久性に問題があること、などが原因で呼気換気量の情報に絶対的な信頼をもてない。したがってEMMVは必然的に吸気の分時換気量を指標にした機構になる。Evita 4では、ディマンド感度とトリガー感度を独立させた独自のフロートリガー方式を使用している。しかし(常識的に?)フロートリガー機構と組み合わせるべきと考えられているベースフローが流れていない。これは吸気側のフローセンサー情報だけで処理を行うためである。Servo iの呼気流量測定は測定レンジも広いので新生児から成人まで一つのセンサーで対応可能になり、新生児モードであっても特別なセンサーを必要とせず患者回路が簡素化できる。
9.これからのトリガー機構
 最近ではさらに流量測定技術が進歩してきたので、従来の圧トリガー方式を凌ぐ"フロートリガー"方式が可能になった。Drager社のBabylogでは数ml単位で流量トリガーすることが可能で、新たに新生児でのSIMVという分野が開拓された。現在ではPTV(Patient Triggered Ventilation)機能を持つ新生児用人工呼吸器の開発競争が始まっている。トリガー方式についての最近の傾向は、流量条件を主体に圧条件を組み合わせた、複合条件により、オートトリガーと高感度の矛盾が解決する方向にある。例えば、Drager EvitaではASB,BIPAPに流量と圧を複合した条件でトリガーする。また、Siemens Elema社のServo-300でも流量と圧の複合条件でトリガーする。最近ではフィルタリング・アルゴリズムという用語が注目されている。得られた情報を高度なデジタルフィルター処理をしてノイズ成分を除去してトリガーにおける誤作動を解消する技術である。以上のごとく、第三世代の人工呼吸器とは「流量計側技術を具現化した機器」である、と表現しても決して誇張ではない。今後の人工呼吸器は、従来のような〜cycleや〜generator方式という作動様式でなく、使われている流量計側技術の機構や性能によって分類する視点はますます重要になると思われる。