NAVA(Neurally Adjusted Ventilatory Assist)
1.概念と目的(図;横隔膜筋電の捕捉)
 横隔膜の筋電位を捉えて人工呼吸器を動かすアイデアは「次世代の夢」として、多くの臨床医やエンジニアによって語られてきたが、現実的にはなかなか実用化に至らなかった。2006年になり、ようやくServo iにおいてNAVAというモードとして実用化された。NAVAの技術的背景として、電気信号によって圧換気を自在に調節できる人工呼吸器が普及した事実は無視できない。NAVAは「神経によって調節される呼吸補助」を意味するが、実際は横隔膜の筋電位の振幅(EdiもしくはEAdiと略される)に応じた気道内圧を与えるモードである。手法として、筋電位の電圧に一定の増幅度をかけた値の吸気圧をPEEP圧に加えている。気道内圧や吸気フローの変化は呼吸筋が活動した結果生じる現象なので、呼吸筋の筋電位を捉えることによって、一歩早い段階で呼吸を捉えることが可能になる。NAVAは単にトリガー信号を得る手段であるだけでなく、筋電位の大きさによって、リアルタイムに気道内圧を変化させていくところが独特である。呼吸筋の収縮の程度が増加すると、気道内圧も増加するモードである。Ediは呼吸状態を評価するパラメーターとしても注目されている。換気補助が呼吸中枢の要求に忠実に従うという意味ではNAVAはPAVに似た特性を持つ側面がある。
 
2.構成要素
1)センシング
 呼吸筋の活動を電気的信号として捉える。一般的にはNGチューブを兼ねた食道カテーテルが用いられる。
2)情報処理
 電気信号を人工呼吸器制御に利用可能な形に変換処理する。
3)呼吸器の駆動
 Ediの電位の大きさに応じて気道内圧が変化するように人工呼吸器を駆動する。現状ではServo iを利用する。NAVAの評価はServo iの性能に装飾される危険性がある。今後、他のメーカーにライセンス供給されれば、客観的にNAVAの可能性を正しく評価できる。
3.制御方式
1)制御機構
 MPUで行われる。
2)作動理論(Ediと気道内圧の図)
 EdiもしくはEAdiと表現される横隔膜の活動電位を絶対値として平均化し(フィルタリング処理)、得られた電圧信号に電気的増幅をかけて吸気圧の基準信号とする。このあたりの処理を概念的に表現すれば、テープレコーダーに付いている録音する音の強弱を示すVUメーターを想像してもらえれば分かりやすい。音自体はいろんな周波数成分を含む交流信号であるが、メーターの動きは音波エネルギーの大きさによってメーターの振幅が決定される。NAVAでは音の強弱は、横隔膜の活動電位に該当する。VUメーターの振幅によって気道内圧が変化すると思ってもらえればよい。実際にはVUメーターにおいてもいろんな処理が行われている。どの周波数を重視するかのフィルター特性、振幅に対する対数処理、加速処理、遅延処理、ピーク保持処理、平均化処理などがある。
.修飾要素
1)呼吸筋の筋電位を捉える手段
 経皮センサー、経食道センサー、直接筋センサーなどがある。NAVAでは胃管を兼ねた食道センサーを用いて横隔膜の筋電図を捉えている。センサーの形状や電極の位置を決定する手法に関しては、いまだ改良の余地はある。患者が腹式呼吸を主体にしているか、胸式呼吸を主体にしているかでもNAVAの成功は影響される。
2)筋電信号処理
 誤作動を避けるために、フィルタリング処理は必須である。どの周波数帯域の信号を選択し、どの程度の時定数による遅延をかけるか、ノイズレベルを考慮して一定強度までの信号はカットするなど、が信号処理のポイントである。現状では、NAVAのセンサーは心電図をも感知するので、心電計の処理と類似であろうと予想される。
3)増幅度
 筋電位と気道内圧との相関を決定する増幅度はNAVAの重要な制御指標である。増幅特性もリニアーにするか指数関数で行うか、別の関数を使用するか、いろんな選択肢がある。最適な増幅度を決定する手法として、NAVAではプラトー法が推奨されているが、これはPAVにおいてゲインを決定するのにrunaway現象を利用するのに似ている。将来的には他の方法もありうる。
4)NAVA不適応時の処理
 筋電位を捉えられない時の処理として、無呼吸バックアップ換気を作動させてPSVやPCVが用いられる。これも他の方式がありうる。
5)努力性呼気
 努力性呼気がある状況では(例えば喘息など)、呼気のための筋電位を吸気と誤認して誤動作する。他の不随意な筋肉の動きも誤動作の要因になりうる。
6)吸気終了認識条件
 理論的にはNAVAには吸気開始と吸気終了を認識する必要はないが、実際にはノイズの問題があるので、PSVのようにトリガーとターミネーションを認識させて人工呼吸器の吸気・呼気を意図的に切替えている。こうした補助的な処理もNAVAの性能を左右する要素である。
.利点と欠点
A.利点
1)リークへの寛容性
 NAVAの最大の利点はリークに対する寛容性である。センシングは純粋に横隔膜の呼吸筋の動きを捉えているので、患者回路にリークがあっても影響を受けない。鼻カニューラとか、経鼻気管カニューラなど、気管挿管に頼らない低侵襲なアクセスによる換気も可能である。したがってNIVがNAVAの最も良い適応である。一般的なNIVのように患者の習熟を必要としないので、さらに容易にNIVを導入することが可能になる。
2)同調性・応答性
 NAVAのユニークさは患者の呼吸パターンとの同調性に優れる点にある。換気補助効率が良いので、患者への換気補助は最少ですむ。したがってウィーニングも早い。もう一つは、患者呼吸に対する応答性の良さである。理論的には圧やフローの変化を検出するよりさらに10ms〜100ms早く応答できる。したがって、ディレーが問題となる「頻呼吸の新生児」が良い適応になる。しかしディレーがあまり問題にならない成人では恩恵が少ない。
3)呼吸の指標
 安定した換気ではEdiの強弱、リズム、ベースラインは安定する。逆に、換気状態に問題があり努力性の呼吸になるとEdiの強弱とリズム、ベ−スラインはばらついてくる。したがってEdiをモニターすることは呼吸状態を評価する良い指標になる。Ediモニターによって最適なPEEPや換気設定を決定する良いガイドラインを得られる。しかし、Ediが呼吸モニターとして良い指標であることとNAVAが最適な換気モードであることとは同義ではない。Ediによらなくても、総二酸化炭素排出量はエネルギー消費と相関しているので、呼気CO2モニターの情報でも同様の評価が可能である。
4)オーバーアシストへの寛容性
 PSVにおいてはオーバーアシストはPSVをより強制的な性格に変え、呼気開始への同調性を損なう。したがって、高い圧力によるPSVは実用的ではなく、その場合にはむしろPCVが良いと言われている。一方、NAVAにおいてオーバーアシストはほとんど問題にならない。
5)SIGH
 NAVAでは患者の随意なSIGHが可能であると言われているが、NAVAであってもPSVであっても患者の意志によるSIGHが可能である点は同じである。PSVではSIGHが起こっても気道内圧は変動しない。しかし、吸気時間は延長し、吸気流量や換気量も増加している。単に換気の補助形態が異なるだけである。
6)設定のシンプルさ
 NAVAでは設定する項目は増幅率だけなので、とてもシンプルである。従来の換気モードでは圧、吸気時間、換気量など設定する項目が多いので、これらが不適切に設定されてしまう危険性がある。しかもNAVAはオーバーアシストに対しても寛容なので、簡単に適切な設定を行える。
B.欠点
1)センシングの脆弱性
 筋電図で呼吸筋の活動を捉えるため、他の筋肉の動きで誤動作することがある。嘔吐や咳、体動によるセンシングカテーテルのずれなど、センシングの脆弱さは最大の欠点である。
2)原理的問題
 原理的にNAVAはPAVのように呼吸中枢のスレーブとして作動するモードなので、術後の呼吸管理など、呼吸中枢が正常に機能していない病態には不向きである。また、病態がある程度安定している必要がある。呼吸中枢が呼吸をコントロールできる能力がないと適応にならない。PAVのように適応が限定されるのがNAVAの原理的な弱点である。また、肺の酸素可能の改善にはPCVなどの方が理想的であるので、病的肺には不向きである。